Yamax Monorogue

デジものレビュー中心で徒然なるままに・・・

首相支持・反対。勘定的か、感情的か?

個人的には安倍首相 不支持である。
理由は人として信用できないから。

むろん、立場的なものも含めて、一般人の尺度では測れないいろいろな事があるのだろう。良い悪いは別として、本音をそのまま語るわけにはいかない場面もあるだろう。

しかしながら、である。

twitterでも書いたが、先の通常国会閉会後の記者会見で、森友・加計問題について、理解を得られていない・不信を招いている・指摘があれば真摯に説明する、と首相は自らの口で語った。
にもかかわらず、憲法の定めに従って求めた臨時国会においてなにも語らないどころか、支持率の低下で渋々対応した感もぬぐえない、閉会中審査への出席をもって「丁寧な説明を積み重ねてきた」などとの開き直り。それで足りないから臨時国会が招集されているのに・・・

一時が万事こんな感じ。

経済や外交など、一定の成果があることは確かだが、それも手法やプロセスについては必ずしも賛同できるものでも無い。

安倍政権の手法は、現在の法・ルールの隙間を上手く使って、いろいろなことを成し遂げている感がある。
所謂「法のグレーゾーン」である。

臨時国会を求めに応じて開いた。憲法に書かれていることは守った。
しかし、何ヶ月も待たせた挙げ句、議論は何もせず解散するという。
憲法の趣旨は守られたのか?

法のグレーゾーンを突きながら上手いことやるのは、例えば企業の経営者などではありがちな話だし、手腕の一つとされている。
しかし、仮にも、腐っても立法府の長である。なんらかの背景があり、それに対応するための趣旨を込めて法の制定するものではないのか?
自分で決めたものではないから、趣旨を汲むことは不要なのか?

森友・加計問題が代表的だが、確かに法には触れていないようである。
「法に触れていないのだからゴチャゴチャいうな」という趣旨の発言が首相の支持者から聞こえてくる。反対は「感情的」なもの、と言われてもしかたが無い部分もある。

しかしながら人が「感情的」に行動して何が悪いのか?(無論「感情的」に暴力を振るうなどは論外。)「信を問う」と首相はいう。信用するかどうかの大元は本来「感情」であるはずだ。

ところが、今の首相支持者の発言を聞いていると、「感情的」ではなく「勘定的」に信頼しているように見えてならない。言い換えれば「打算的」である。

首相の成果を「国益に貢献しているのだから、プロセスがグレーゾーンであっても違法で無ければそこには目をつぶる」という程度ならばまだ良いが、「自分個人が、あるいは自己が属する組織が何らかの益を得ることが出来るから」という支持者であふれかえってはいないか。

憲法の趣旨に従って、臨時国会で求められた内容の議論をしてから解散しましょう」という意見は与党からは決して出てこない。明らかに選挙に対して不利益に働く、という「勘定的」な思いがあるからに他ならない。

 「勘定」も「感情」も人間の行動を決める要因の一つであるが、いずれも行き過ぎた状態は、人として恥ずかしい行動に繋がる。

今の首相を「勘定的」に支持することは理解しなくはないが、行き過ぎがないかはよくよく自問して欲しいものである。